現代伝奇

現代伝奇

現代学園異能というカテゴライズ

 まず、このチャート式現代学園異能、をご覧下さい。

 http://grev.g.hatena.ne.jp/keyword/%e3%83%81%e3%83%a3%e3%83%bc%e3%83%88%e5%bc%8f%e7%8f%be%e4%bb%a3%e5%ad%a6%e5%9c%92%e7%95%b0%e8%83%bd

 電撃文庫というレーベルから、主として2005年以降、類似点の多い作品が発表されています。これは、箇条書きマジックによる恣意的なもの、と考えることもできますが、他人による類似作品の指摘は少なく、また、2chの各作品スレでも類似点の指摘がなされることを考えると、類似が存在する、と判断できると考えます。この類似クラスターにつけた名前が「現代学園異能」で、名前の言い辛さが、適応範囲を狭くしていて好ましく思われます。自分の作成したチャートでは、きのこや戯言は近縁度が少なめで、狭い意味での「現代学園異能」には該当しませんし。

 もし、「現代学園異能」という用語が禁止されるなら、

 「それなんて 魔女式絶世灼眼のレジンキャストアポカリプスの虹?」と記述するか、

 「少年の上に異界のツンデレ美少女が降ってきて、好物を食べながら此岸の美少女と三角関係をしながらちょっと異能で戦う話」と記述してもいいでしょう。

 電撃文庫の、ある作品群に、記述的表現としてラベルを貼っていますが、そのカテゴリーのあるべき姿とか、カテゴリーから何かを導き出す際には注意が必要かもしれません。


 発生論として気になる点を述べておきます。この5大現代学園異能は、処女作品、先行作品が大ヒットとはいえず、高い評価はされてはいない作家が多いのですね。どの作家も、処女作から現代学園異能をテーマにし、それをライフワークとしているわけではなさそうです*1 *2。状況証拠すらないのですが、「技術はあっても、テーマ、スタイル、といった点に迷いのある作家に、編集部が『開拓の余地が有る』カテゴリーを与えている」のではないか、という疑念を持っています。少年が偶然ロボットに乗って敵と戦うとか、少年が冒険者になってレベルアップして魔王を倒すとか、そういうカテゴリーと同じに考えてください。色違いの5人の戦士が、悪の軍団と闘うとか。


 という妄想に正しい部分があれば、現代学園異能は、作者の内在的なテーマではなく、マーケティング主導のテーマということになります。仮説の上の仮説です。一方、きのこは、ナチュラルに伝奇を書いているという推察をしています。頼まれなくても、月姫を書き、空の境界を書いていたのですから。

 そんなわけで、現代学園異能という作品群を生み出した電撃編集部のマーケティング、マーケットと見られている若者の集団、そしてその集団を生み出した社会の要因、というものに興味があります。この一連のシーケンスを含めて、現代学園異能という言葉は私に取って便利なので愛用しています。


 

"管理される異能" スニーカー文庫の場合。

 一方、これはクラスターとして例示するほど該当例が無いのですが、スニーカー文庫では、「不誠実な組織に管理される異能」というモチーフがみられます。ムシウタ、バイトでウイザード、がそうです。不誠実な組織に管理され、敵と戦いながら、真実と自分の立場を追い求めていく、というものです。「憐」までこれに含めると牽強付会というものでしょうね。

 ”電撃学園異能”と比べると、主人公達の特権性の薄さに注目できます。こちらでは、組織の一員です。ここで、あてはまらない例を上げておかないと卑怯でしょうか。現代学園異能の、レジンキャストミルク、前作である「ルナティックムーン」は、「不誠実な組織に管理される異能」というモチーフでした。


"内なる異能"富士見ファンタジアの場合。

 などといえる程、富士見ファンタジアの作品は読んでいないのでした。

 



マーケティングと中高生とマッチョイズムと更科修一郎氏と

 自分にとっては、「現代学園異能」は好みのカテゴリーなので、誰かが「現代学園異能」と言ったら食いついてみるでしょう。「現代ファンタジー」であれば、解説をよく読んでから食つくかどうか決める。そんなところです。

 何かをどうにか考えるとすれば、「更科氏の予言どおり、中高生にオタクマッチョイズムが発生していて、そのマーケットに電撃はフォーカスしてきた。電撃が新たなマーケットの開拓に成功するか、それともマーケット自体が広がらずに終わるのか、興味は尽きない」、こんなところでしょうか。『「電撃文庫編集部」が「中高生消費者層」に「現代学園異能」の「マーケットが存在する」と「判断した」』というのが私の憶測です。このまま現代学園異能が普及するなら、中高生へのオタクマッチョイズムの浸透を確認する証拠の一つとなるかもしれません。


蛸壺で遊んでいると、タコになっちゃうよ。

http://d.hatena.ne.jp/./cherry-3d/20060525/1148569662

仮に、現代学園異能というスタイルを、作家性と含めて考えるなら、その作家の先行作品を参照するといいと思うんだ。この評では、それを行なっているね。



 屋上少年は屋上少女と出会う

 自分が好きなのは、屋上少年が屋上少女と出会い、屋上から広がる異界を通過して、自己を回復するお話なんだ。むかーしむかし、異界の主は、大文字の神だったり、天皇だったり、マルクスだったりサイエンスだったりする。でも、みんなどこかへ行ってしまった。今、異界を支配しているのは、システムという神なんだ。少年少女は、システムと出会い、システムと最適化することで自己を回復する。

 この分類だと、灼眼のメロンパンは完全には当てはまらない。レジンキャストアポカリプスはこれだね。戯言は、結構こっちより。天使のいない十二月や、CrossChannelも、こっちに入っちゃう。昔、屋上は不良の居場所だった。いま、ぼくらは屋上にしか居場所がない。屋上には瑠璃子さんがいる。アンテナがある。屋上に向かう階段の踊り場には、舞と佐祐理さんが待っている。寂しくなんかない。


参考

http://d.hatena.ne.jp/./crow_henmi/20060309#1141911953



郊外の、異界にて。

現代学園異能(仮称)カテゴリー論争の意義

 電撃文庫を中心とした、ある作品群を、どのような観点から評価するか、という論争で、非常に面白かった。cogni氏は「現代」寄り、私やcrow_henmi氏は「学園」寄り、そして「異能」寄りな方も大勢いらっしゃいました。


神の定義

 不用意に神という言葉をつかったのは失敗のようです。集団、システム、そういうものを代表するアイコンとして便利かと思って使用しました。ゲーム、異能バトルの場合、「顔のないゲームマスター」が存在し、作品中のプレイヤーはゲームシステムに適応することでゲームマスターからの承認を得て、通過儀礼を終えて現実に帰還する、というこんな感じに考えています。合流先、くらいに表現してもいいかもしれません。


屋上の意義

 言葉にするのもアレですが、単に学校というシステムから逃げたければ、逃げてしまえばいいわけです。その中途半端でアンビバレンツな感じが屋上のよさでしょう。


屋上伝奇

 田舎伝奇と、都市伝奇と、屋上伝奇があるとすれば、自分は屋上伝奇も好きだった、という話になります。

*1:その全ては読んでいないので断言できません

*2電撃大賞 : http://grev.g.hatena.ne.jp/keyword/%e9%9b%bb%e6%92%83%e5%a4%a7%e8%b3%9e




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