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2006-04-26

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http://d.hatena.ne.jp/./p_shirokuma/20060426/1146039579

 コミュニケーション能力を「結果論」とみなして「実体無きもの」とする見方を発見した。果たしてそうだろうか。

 シロクマの屑籠(汎適所属)の管理人氏のいう、いわゆる"コミュニケーション能力"は有効だし、機能する。コミュニケーション能力は、なんらかの尺度で観測可能なことも間違いない。もし、自分が会社にいて、シロクマの屑籠(汎適所属)の管理人氏が上の方の人間で、「みんな、"コミュニケーション能力"を伸ばそう!」と掛け声をかけたら、いっしょになって「ぉーっ」くらいは叫ぶ。そんなときに、ぼそぼそと「コミュニケーション能力の実在は…」なんてしゃべっている奴がいたら蹴っ飛ばす。心の中で。社員みんなで"コミュニケーション能力"を用いてさっさと仕事を進め、早く帰りたい。帰ったら、Blogになんか書くかもしれないけど、みんなの前で文句を言うと、仕事の進みが悪くなる。上司だって、ニコニコしながらBlogに愚痴書くかもしれないし。


 

 何かを説明するときに、説明する必要はない、とか、きまりだから、とか、そういうものです、と答えるのは大変楽だ。シロクマの屑籠(汎適所属)の管理人氏は、功利主義的に、進化論的に良い、と説明していた。ただ、進化論的、市場主義的な説明は、「適応したから適応している」「売れるから売れた」という同義反復、結果論に陥らざるをえない。

 ということをいうと、揚げ足取りの陰湿で卑怯とか一部の人に言われそうだけど。

 いや、だから実在するとかしないとか哲学的な実存がなくても、定義でき、観測でき、作用できるんだから、それでいいんじゃ、というのが私の立場。どこかで、倫理的な、アプリオリに発生する価値と接続しちゃうと、それによって抑圧される人間がでちゃうし。だからといって、"コミュニケーション能力"は存在しないわけじゃない。十分に有効だ。


 

追記:

2006年04月29日 fromdusktildawn 「それによって抑圧される人間がでちゃうし」←自然解釈からある程度妥当と考えられる事実があり、その事実によって抑圧される人がいるという理由でその事実or解釈を否定するのは欺瞞でしょう。

 という反応に対して。

 確かに、「抑圧される人間が出るから」「事実、解釈を否定する」のは欺瞞です。

 "コミュニケーション能力"の機能、有効性を否定するつもりはありません。これらは観察によって簡単に証明できると思うし、修辞学的な操作で否定するようなものではないでしょう。ただ、"コミュニケーション能力"の価値の源泉を科学に求めることには反対します。科学は、有効性、機能性、そういうものは示すことが出来ますが、倫理や価値を示すものではない、と思うからです。




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